新橋・汐留の歯科はナンバデンタルオフィス
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院長ブログ

後輩へのエール
今夜帰宅すると、机の上には歯科雑誌が置いてあった。
家族全員が歯科医師という、奇妙な環境のせいか、
歯科雑誌は豊富にあり、家族で互いに目を通している。
雑誌のあるページに目印がついていた。
開いてみると、後輩の記事だった。

これまでの略歴にあわせて、症例報告がされていた。
自分も、学会や、講演会、セミナーなどで報告することがあるので
まとめることの苦労がよくわかる。彼も本当に大変だったと思う(お疲れ様でした!!)
発表のテーマが決まってから完成するまで、地道な再考の連続なのだ。
歯科に限らず、この手のことをやったことがある人なら、苦労がわかると思う。

患者さんの同意を得た上で、
そのテーマに添った写真や模型を選ぶ。
何人か候補を選んでから、さらに絞込み、この患者さんにしようかな、とか
同じような症状の患者さん何人かを対比させようか?とか
写真と模型など、資料を眺めているうちに、
いくつかの構想が浮かび、「話」がいくつかできてくる。

自分の主旨と、セミナーや雑誌、講演の主旨・論点が微妙にズレてしまうと
マナー違反なので、自分が組み立てた「話」が本来の主旨とズレていないか、検討する。客観的に見れるので、わざと日をあけて見直したりもする。

そうこうしているうちに、骨子がかたまり、
写真や模型のアングルなどレイアウトも決まり、
併記する文章も校正を重ねて煮詰まってくる。

何度も何度も、「この発表」のための
「この患者さん」の「この写真」「この模型」を
パソコンで見つめていると、ふと気がつくのだ。

この治療をしたときの自分に、妥協はなかったか?と。

「発表」という機会は、大変恵まれた機会だ。
たくさんいる歯科医師の中から、幸運にも自分にオファーがくる。
受けたそのときは、発表という仕事に向けて時間を費やすのだが、
その作業中、ふとした瞬間に、気がつくのだ。
内省する。
今の自分なら、どうする?と。

そのときは、間違いなく全力を出している。
出し切っていると言っても過言ではない。
でも、そのときから、何年も経っているわけではないのに、
ほんの少し前の自分と、今の自分との僅かな差に気がつき、
もっとこうしていればさらに良かったな、とか
こうしてみるのはどうなんだろう?とか考え始め
発表の為の作業は中断し、「症例」と向き合う時間に変わっていく。

今回、この雑誌のページを担当するにあたり、
後輩も同じような事を考えたと思う。

多くの先輩歯科医師からすると
われわれは、まだまだの域だ。
だから、いつも内省が大切なのだと思う。

土光敏夫の名言がある。
「やるべきことが決まったならば、執念を持って押しつめよ。
 問題は、能力の限界ではなく、執念の欠如である。」

患者さんの症例写真を見るたびに、いつも思う言葉である。
戒めでもあり、エールでもあり、次への架け橋のような言葉だと思う。







2012/ 1/17(Tue) 01:17:38

大人の社会へ
地下鉄の車内で、何気なく聞いているアナウンス。
よくよく考えると、なんでこんなことを「ご案内」するのかな?と…
「席を譲り合いましょう」
「携帯電話は控えましょう」
などなど。

当たり前のことなのに、言う必要があるのだろうか?
そのアナウンスよりも、
次が何駅なのか、
はっきりと聞き取れる声のトーンで伝えて欲しい。
東京に住んでいる人ばかりが利用するわけではないのだから。

と考えながら
正月休みに某デパートに行った。
地下入り口手前のエスカレーターのアナウンスが
「マフラー、コート、長いスカートの裾などが
挟まらないようにご注意くださいませ」と言う。
さらに玄関には
ドアマンのように初老の店員さんが立っており、
[いらっしゃいませ」

「お足元にご注意くださいませ。」
をくりかえし、くりかえしお客さんに言っていた。

一体全体、これはなんなんだろう?

もし自分が日本に遊びに来た外国人だとして、
日本の文化を母国と比べたときに、
ああ、日本にはすばらしい文化があるな、と感じることだろう。

先人たちが築いてきた日本の文化は
誇れることがたくさんある。

それなのに
このアナウンスに代表される事柄は
非常に寂しい。

注意を呼びかけていることが丁寧なサービスだろうか。
「呼びかけている」事実が有事の際の保身とでも考えているのだろうか。
事故が起きても、注意喚起の呼びかけを怠ってはいなかったと言える様に?

まるで
「この社会のレベルが低いので、
こういうことをアナウンスしなければダメなんです」
と「ご案内」しているようにしか見えない。

復興元年の今年。
東京都から
大人のお手本を示しませんか?
当たり前のことが、スマートにできる社会に。

2012/ 1/ 7(Sat) 02:09:58

謹賀新年
皆様、新年明けましておめでとうございます。

港区新橋・汐留の地で開業し
また新しい年を迎えました。
今年も充実した日々を積み重ねて行きたいと
思います。

昨晩、初詣に行きました。
近所にはたくさん神社があります。
今日はこれから
散歩がてら
また別の神社に行ってまいります。

晴天続きの日々。
よい一年の始まりですね…
行ってまいります。

2012/ 1/ 1(Sun) 09:29:43

糖尿病にまつわる今日のこと
今日の午前中のこと。
月一回定期検診に来院している患者さんがいる。
インプラントの準備のためだ。
本当だったら、オペは済んでいるところなのだが
まだ、ステント(インプラントの位置決めのもの)で
CTを撮影したところでストップ・待機中である。
何を待っているのか?
インプラントを埋入する骨や粘膜の条件が整うのを待っているのではなく
全身の健康状態の安定を待っている。
糖尿病なのだ。
なんだ、糖尿病か…と思った方、“甘く” みてはいけません。
インプラントが馴染まず、
脱落したり、骨が壊死してしまったり、
非常に怖い病気なのだ。

この患者さんの口腔内の様子が
どうも「へんだな…」と腑に落ちず、
問診表の病歴を患者さんに細かく確認したが
本人は、「うーん、病気らしい病気はないわ、先生。」
と、あっけらかんとしていた。
それが9月のことである。
オペの予定を組んでCTを撮影し、骨の状態を確認した。
骨幅が大分不足しており、オペと同時に、
骨量を増やすアプローチの仕方だな、と考えをまとめたものの、
あの「へんだな…」が心の奥底から消えず、
思考が
どうしても気持ちよく前に進まない。
オペ前のカウンセリングにて
「どうしても、何かひっかっかるから、血液検査をしてほしい」
とお願いした。
そして次の日、患者さんから電話がきて、
「あたし、内科の先生に
全く自覚症状はなかったの?重度の糖尿病ですよと言われたわ…」
と。

口腔内は
全身の健康状態が把握しやすい情報が詰まっている。
血管性に富み、唾液などの内分泌も関与し、
舌の状態、骨の状態からも、健康かどうかが推察できる。
頭部に近いことから、関連した症状も現れやすい。
このため
我々歯科医師は、隣接医学として、医科の分野の勉強もする。

現在のところ
彼女はインプラントを諦めてはおらず、
せっせと病状が緩解するよう日常生活から
まさに「抜本的改革」をしている。
昨日、内科での血液検査をし、その検査表を持参してくれた。
一時は、入院だとまで思われた状態からは抜け出したものの
各検査項目は
まだ標準値を超えるスコアだった。
「歯医者で糖尿病が分かると思わなかった」
と本人も内科の先生もおっしゃっていたが、
これから将来、
病気を探すヒントに
歯科の参入があると実は確信している。

あなたの健康状態をチェックします…

その一般検査の検査項目に
歯科医師による評価が載る日が来ると思う。

2011/12/14(Wed) 00:32:35

久しぶりの更新です
ブログ更新は久しぶりです。
あっという間に、年の瀬を迎えようとしています。

オフィスは、年末の定期検診の患者様と
新規の患者様、
治療継続中の患者様とで、
日々、めまぐるしく過ごしています。
年末まで
時間の許す限り
更新していきたいと思います。

2011/12/10(Sat) 01:16:49

気概
こんなときだからこそ、という思いで多くの人が動いている。
個人でできること、会社単位でできること、組合や地域でできること・・・
できる事は限られている。
こうしてあげたい、と思っていても、瓦礫が行く手を阻むこともあれば、法律が善意の行く手を阻むこともある。
悔しく、歯がゆく思う人も多いだろう。
思い切ってできないものか・・・と。

今この国の、自分たちの祖国のリーダーが総理なのだとしたら、みなの声は届いているのだろうか?
国難に立ち向かうべく政治家生命を懸けて、全ての責任は私がとるから!と強い気持ちで大胆に采配を振るって欲しい。
今なら、みな我慢する。
こんなときだからこそ、痛みを分かち合おうとするはずだし、そうする準備・気持ちの上での覚悟は、みな出来ている。
なのに、ぐいと胸を突くような言葉もなく、よし、やろう!というような策を出してくれない。
CMだけが日々、日本の団結を促している。

御三家の一つ、紀伊徳川家の藩祖・徳川頼宣。
家康の10男で大阪夏の陣がおこった時、頼宣は14歳・初陣だった。
父に願い出るも先鋒になれない。
手柄を立てられず悔し泣きをする、そんな頼宣をみて松平正綱が
「かなわなかったからといって、悔しがらずとも殿はまだお若い。
これから、幾度も幾度も機会がありましょう・・・」と慰める。
その言葉を聞いて頼宣は、キッと正綱を睨みつけこう言う。
「正綱よ、頼宣14の時が二度あるか?」と。

14歳の少年が腹をくくった戦国時代。
いま、リーダーにも同じ気概でいて欲しい。

2011/3/ 30(Wed) 22:36:08

乗り越えよう
昔、聴いたことがある歌の歌詞を今夜は載せたい。
震災から11日が過ぎた。
いまは、前に進もう。


忘れないわ
星振る夜に誓った言葉
このともし火を消しはしないと
忘れないわ
茜の朝に誓った言葉
若葉に染まる春を呼ぼうと

斧打つ響き 道拓く歌声
こだまが胸に弾んでくるの
この おおぞらの
虹になりたい
希望に届く 虹になりたい

忘れないわ
見知らぬ海に 誓った言葉
かなしいことも こえてゆこうと
忘れないわ
まばゆい空に 誓った言葉
けわしい森に 明日を築こうと

ひろがる大地 燃え立つ地平線
みつめる胸に あふれてくるの
この おおぞらの虹になりたい
希望に届く 
虹になりたい

2011/3/ 22(Tue) 23:34:44

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